大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和42年(ワ)532号 判決

原告

大内勝

被告

株式会社瀬山通

ほか一名

主文

被告株式会社瀬山通は、原告に対し、金六八三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年九月二二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告株式会社瀬山通との間に生じた分は、これを三分し、その一を被告株式会社瀬山通の、その余を原告各負担とし、原告と被告川田昇との間に生じた分は、原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告等は、原告に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する昭和四二年九月二二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、被告株式会社瀬山通(以下「被告会社」という。)は、貨物運送業を営む会社であるが、昭和四〇年一二月九日当時普通貨物自動車(埼一う三八七号以下「本件加害車」という。)を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、被告川田昇は、被告会社の被用者である。

二、被告川田昇は、昭和四〇年一二月九日午後一時過ぎ頃、被告会社の勤務として本件会社車を運転し、埼玉県川口市大和字芝三、九七四番地先路上において、停車中の原告の車両(自家用普通乗用車品五に八二二八号以下「本件被害車」という。)に対して、前方不注視の過失により追突した。

三、原告は、右の事故により頸部に損傷を受け、事故当日より、昭和四一年一月二四日まで川口市所在西川口病院に通院加療の結果、一時回復したかに見えたが、同年二月下旬より、再度頸部に激痛を覚え、東京都北区所在赤羽中央病院で頸部挫傷後遺症との診断を受け、同年二月二三日より同病院に通院加療を続け、現在、なお、同病院に通院加療中である。

四、右後遺症による頭部、頸部の激痛、視神経の障害等により、原告の勤務状態は欠勤、遅刻、早退等の繰返しが続き(特に、昭和四一年七月二九日より同年八月末日まで全欠勤した。)、会社幹部からの信頼を失い、また完治するについての医学上の裏付けもない不安感は、日々の生活をも脅かし、その精神的苦痛は甚大なものがある。しかして、右苦痛に対する慰謝料は、金二〇〇万円をもつて相当とする。

よつて、被告等に対し、右慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日である昭和四二年九月二二日より支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告等の認否

一、請求原因第一項は認める。

二、同第二項中被告川田の前方不注視の過失を否認し、その余は認める。

三、同三項中、原告が西川口病院で事故当日から翌昭和四一年一月二四日まで、通院加療を受け、同年二月下旬頃より赤羽中央病院に通院加療した事実は認めるが、その余は否認する。

四、同第四項は否認する。

第四、被告等の抗弁

一、和解契約成立の抗弁

本件事故については、昭和四一年四月七日に原告雇用主である株式会社工業商会の代表者が原告の代理人として、被告会社との間に、一切の損害について和解契約が成立した。しかして、被告等は、既に右契約上の債務を履行したから支払を義務はない。

二、免責の抗弁

(被告川田の無過失)

(一) 被告川田が、本件事故現場にさしかかつた際、前方に停車中の本件被害車を発見し、自車を停車させようとしたところ、後輪ブレーキ故障のため、原告運転の被害車に接触し、本件事故を回避できなかつたものである。したがつて、被告川田には何らの過失もない。

(運行供用者の注意義務の順守)

(二) 被告会社は、社会的に要求される通常の注意義務を守り、且つ、被告川田の選任監督に関し注意を怠らなかつた。

(自動車構造上の欠陥および機能の障害の不存在)

(三) 本件加害車には、構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたものである。すなわち、本件加害車は、自動車の保安基準その他の法規に適合していたことは勿論、車両検査のときにも異状なかつたが、本件事故現場で接触直前に、突如オイル・パイプのホースが破損してブレーキが故障したので、被告川田は、事故の発生を未然に防止すべて、急ぎ制動措置をとつたが、ブレーキがきかず被害車に衝突したものであつて、全く不可抗力という外はない。

三、損害填補の抗弁

原告は、昭和四二年一月二五日、自動車損害賠償責任保険金二六三、六四〇円を受領しており、その内には慰謝料として、金一一七、〇〇〇円が含まれている。

第五、被告の抗弁に対する原告の認否

一、抗弁一ないし三項は、いずれも否認する。

第六、〔証拠関係略〕

理由

一、被告川田昇が昭和四〇年一二月九日被告会社所有の本件加害車を運転してその途上、同日午後一時過ぎ頃、埼玉県川口市大和字芝三、九七四番地先路上において、停車中の原告が運転する本件被害車に自車を追突させ、これによつて、原告の頸部に損傷を与えたことは当事者間に争いがない。

二、被告等の和解契約成立の抗弁について。

被告等は、本件事故については、昭和四一年四月七日に、既に原告と被告等との間に和解契約が成立している旨主張する。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、右和解契約は、原告の使用者である株式会社工業商会と被告会社との間で、本件事故による被害車の破損した車両修理代金として、被告会社が金三六、三六〇円を原告に支払う旨の合意をしたことが認められるに過ぎず、原告に対する慰謝料等の人的損害に関してなされたものであると事実についてはこれを認めるに足りる何らの証拠もない。したがつて、被告等の和解の抗弁は採用できない。

三、被告等の免責の抗弁について

1  〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

(本件事故現場の状況)

(一) 本件被害車及び加害車の進行した道路は、浦和市方面より東京都方面に通ずる舗装されて平坦な歩車道別のある見とおしよく諸車の通行が多い県道で、右道路上の本件事故現場南方約一五米の地点には、十字路の交差点がある。

(本件事故発生の態様)

(二) 被告川田は、本件加害車を運転し、ステンレス鋼材約一トンを積載して、右道路を浦和市方面から東京都方面に向け、時速約四〇粁で南進していたが、本件事故現場の約一〇米手前まで来たところ、先行していた被害車が停車していたので、その後方に停車しようとしてブレーキを踏み、ブレーキが効いて減速したが、再度ブレーキを踏んだところ、二回目のブレーキが効かず、急ぎハンドルを右に切つたが既に間に合わず、本件加害車を被害車の右後部に追突させ、さらに右方に走り出て前記交差点を横断中の乗合バスの右後部に衝突させ停車したしものである。

(本件加害車のブレーキの故障状況およびその原因)

(三) 被告川田は、本件加害車を本件事故の発生する一五日位前から毎日乗車運転しており、本件事故当日も何等異状なく運転し、本件事故現場から約一〇〇米手前の交差点ではブレーキが正常に作動して停車した。そこで、本件事故発生直後、被告川田が加害車を検査したところ、右後輪に直結しているオイル・パイプが擦り減つており、ブレーキを踏んだ際に圧力が加わつて、亀裂が生じオイルが洩れてブレーキが効かなかつたものである。

(四) しかして、右認定に反する証拠はない。

2  被告会社の責任

被告会社が本件加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供する者であつたことは当事者間に争いがないので、被告会社は、免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条による責任を免れえないものといわねばならない。

そこで、本件では、その免責の抗弁の要件中、構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたことの要件が問題となるわけであるが、前認定のように、本件事故は加害車のブレーキが効かなくなつたことによつて生じたものであり、鑑定人大原三幸の鑑定結果によれば、本件事故の原因となつたブレーキオイルパイプに摩耗等の損傷、ブレーキオイルの消耗等がない正常な限り、突如ブレーキが効かなくなる場合は考えられないことが認められるから、本件事故の原因が本件加害車のブレーキオイルパイプの故障にあつたことは明かであり、したがつて、右要件があるとすることはできない。

したがつて、その余の判断に及ぶまでもなく、被告会社は、自賠法三条による責任があるものというべく、原告に生じた損害について賠償責任がある。

3  被告川田の責任

前記認定のとおり、本件事故発生直前までは、本件加害車のブレーキには、何ら異状は認められず、被告川田は、本件被害車後方数米の地点で二回目に踏んだブレーキの故障を初めて察知するや、急ぎハンドルを右に切り、追突を避けようとしたが距離的に結果を回避できなかつたものであるから、右状況の下においては、被告川田により適切の行動を採ることを期待することは不可能という外なく、したがつて、被告川田には本件事故発生について過失があつたとは認められず、同被告に対する原告の本訴請求は理由がない。

四、損害の発生

1  〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

原告(昭和九年三月一日生)は、本件事故により頸髄鞭打ち損傷の傷害を負い、事故発生当日の昭和四〇年一二月九日から昭和四一年一月二四日まで西川口病院に通院加療したところ(同病院に右期間通院加療した点については当事者間に争いがない。)、同年二月中旬頃から再び頸部に疼痛を感じるようになり、同年二月二三日に東京部北区所在赤羽中央病院で診察を受けた結果、頸部挫傷後遺症と診断され、ひき続き同病院に通院加療し、現在も右疾患は、完治するに至つていない。

ところで、原告は、昭和三三年より東京都中央区所在株式会社工業商会に勤務し、本件事故直後も勤務を続けていたが、昭和四一年二月頃から頸部痛、頭痛、視神経の障害等の症状のため、遅刻、欠勤が多くなり長期間に亘る欠勤をせざるを得ないこともあつた。

2  以上認定した事実、その他本件に現われた諸般の事情を考え合わせてみると、本件事故により原告が受けた精神的肉体的苦痛に対する慰謝料額は、金八〇万円をもつて相当と思料する。

3  〔証拠略〕によると、原告は、本件事故に伴なう自動車損害賠償保険金二六三、六四〇円を、昭和四二年一月二五日に受領しており、その内慰謝料として金一一七、〇〇〇円が含まれていることが認められるから、右慰謝料として支払われた金額は、被告会社が原告に支払うべき損害額から控除すべきであり、右認定額よりこれを差引くと金六八三、〇〇〇円となる。

五、結論

以上の次第であるから、被告会社に対し本件交通事故による慰謝料金六八三、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明かな昭和四二年九月二二日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求を右の限度において正当として認容し、被告会社に対するその余の請求並びに被告川田昇に対する請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀健次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例